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東京・目黒区の銭湯「亀の湯」

仁義廃れば銭湯廃る、銭湯廃れば人情廃る。

亀の湯・若旦那の独り言

仁義廃れば銭湯廃る、銭湯廃れば人情廃る。

古代ローマ同様、銭湯は風呂好きの日本人にとってはコミュニケーションの場であった。
たくさんコミュニケをとることで、情報や知識や教育というものが昔は存在していた。
自分も子供の頃は銭湯でよく叱られていた。
怒られるのではなく叱られていたのだ。
町ぐるみで躾をしてもらっていた気がする。
近所のおばちゃんに病気を発見してもらったりもした。
それも、今は昔。
仁義と人情はどこへ行った。
番台に座っているといろいろなことが見える。
精神的なことから物理的なものまで。
シャイな人がいるのは承知している。
しかし挨拶ができないこととは違う。
帰る時に昔ながらの挨拶「ごちそうさま」や「おやすみなさい」と言ってくれるお客様は全体の1%。
それ以外の挨拶「はーい」や「どうも」を含めて「ありがとう」と言ってくれるお客様は半分ほどか。
30代以下の女性のお客様は、帰る時にはまず無言。
どうして挨拶一つできないのだろう。
また、10代の男の子はほとんどの場合、開けたドアを閉めない。
入店の時に入り口のドアは開けたまま。
脱衣場から洗い場へ入った後、ドアは開けっ放し。
帰りももちろんドアを開けたまま帰るのである。
20代の男性は、洗面器と椅子を片付けないで帰る方が多いし、体を拭かずに脱衣所を歩き回る方が多いように思う。
年代や性別に限らず、使用したロッカーを必ず全開で帰る方や、使用した下駄箱を100%全開のまま帰る方もいる。
しかし今日、それを注意するのはほんの一部の方だけである。
銭湯の番台に座っていると、その人が普段どんな生活をしているのかが、手に取るようにわかることもある。
・・・というお話でした。
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